本研究の背景及び経緯
太古代(25−38億年)と呼ばれる地質時代は、生命の起源や進化を調べる上で極めて 重要です。一般的に生命の起源は38億年以前に遡るとされています。ところが太古代 の地層からの化石の報告は乏しく、原核生物化石として報告されてはいるものの、単純 な形や小さなサイズのためその真偽が定まっていない場合が多く、むしろその真偽をめ ぐって、さらには微化石であるかどうかの判定基準についても議論が戦わされてきまし た(例えば、日経サイエンス『異説・定説生命の起源と進化』にこのあたりの事情が簡 潔にまとめられています)。1960年代にカナダ・ガンフリント微化石群(約20億年前) の発見で幕を明けた先カンブリア時代の化石・生命研究は、1990 年代初頭に絶頂期を 迎えたかにみえました。1993年にカリフォルニア大学・ショップ教授による35億年前 の微化石が西オーストラリアのピルバラ地域より報告され、1992 年にはスクリプス海 洋研究所(現在はコロンビア大学)のモジス教授により、極寒の地グリーンランド・イ スア地域から38億年前の生命の痕跡(化学的な化石)が報告されました。ところが約 10年後これらの研究成果が相次いで厳しい再検証を受けることになりました。そして、 太古代生命研究にとって冬の時代がしばらく続くことになります。
約 34 億年前の微化石の分離・抽出・“解剖”に成功
名古屋大学大学院環境学研究科(研究科長・神沢 博)の杉谷 健一郎(すぎたに けん いちろう)教授、三村 耕一(みむら こういち)准教授(日本地球化学会所属)、リー ジュ大学(ベルギー)、リール大学(フランス)らの研究グループは、西オーストラ リア・ピルバラクラトンに分布する約 34 億年前の地層に含まれる非常に珍しい微化 石(34億年前のものとしては異常に大きく、形態が複雑)を分離・抽出することに成 功し、電子顕微鏡等を駆使してその複雑な内部構造を明らかにしました。
本研究の成果は、米国の科学雑誌Geobiology (地球生物学)誌に6月13日付けのオ ンラインにて、掲載されました。
一方で杉谷教授らは、オーストラリア北西部のゴールズワージー地域において非常に 保存状態が良く、かつ太古代のものとしては通常考えられない大きさ(数十ミクロンに 達する)や形態的な複雑性(細胞分裂中と考えられるようなもの等)を有する30億年 前の微化石を発見し、2007年に始めて論文(Precambrian Research誌)を発表しました。 その後、データが積み重ねられ現在までに関連する論文は計8編に上り、その信頼性は 揺るぎないものとして、「30 億年前の大型で多様な形態の微化石の存在」は、広く学 会に受け入れられつつあります。太古代に生きていた生物は、原核生物であると一般的 には考えられており、それらは通常数ミクロン程度の大きさです。杉谷教授が発見した 微化石群は、太古代のものとしては異常に大きく(数十μmに達する)、多様な形態の ものが一見して化石であることが容易に認識される程大量にかつ非常に良好な状態で 保存されています。同時に同教授らは、ピルバラ地域のより古い地層にも調査を拡げ、 2005年と 2008年に採集した約34億年前の地層であるスティルリー・プール層の試料 中に同様の大型微化石が含まれることを見いだしました。さらに、2010 年に行った再 調査において、他地点からも同様の化石が産出する事を確認したとのことです。これら の成果は、2010 年に科学雑誌『Astrobiology(宇宙生物学)』誌に引き続いて、2013 年に『プレカンブリアン研究』誌において発表されました。本研究はこれらの成果をふ まえつつも、太古代微化石研究の新しい次元に踏み込むものです。
本研究の成果と意義
本研究の特筆すべき成果は、このスティルリー・プール層の微化石群を代表する、太 古代のものとしては非常に大きく(〜80 ミクロン)、空飛ぶ円盤のようにツバのつい たレンズ状の微化石を分離・抽出することに成功した点にあります。明瞭な細胞構造を 有した微化石で母岩から抽出された “世界最古の記録”となります。さらに、この抽 出した微化石を切断し、電子顕微鏡で内部の様子を観察したことも特筆すべき点です。 また、分離抽出された化石の中には分裂中と考えられるものも含まれ、中には微化石が 複数連なって鎖状になっているものまで含まれます。その大きいサイズと頑丈な有機質 の膜を形成したという点、つば状の突起を有するという点は真核生物的です。しかし、 杉谷教授らは慎重にこの可能性を検討し、結論づけるには更なる研究が必要であるとい うことを述べると同時に、もう一つの可能性、現生生物の3大グループ(真核生物、真 正細菌、古細菌)のいずれにも属さない、絶滅したグループの可能性にも言及していま す。
いずれにしても、我々が従来考えていた以上に34 億年前の化石記録は豊富であり、 かつ、それらは当時すでに多様な生物群からなる複雑な生態系が成立していたことを本 研究は立証し、初期生命像に関するパラダイムの転換を促すものといえます。
抽出したレンズ状微化石を上からみたもの。周辺の透明な部分がツバに相当する。直径 は約60μm
レンズ状微化石が連なって鎖状構造を形成したもの
抽出したレンズ状微化石の電子顕微鏡写真(A)と矢印のところで切断し断面をみたも の(B:中央部、C:縁辺部)。微化石の中央部が3次元のネットワーク構造を有するこ とが分かる。